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東京高等裁判所 昭和36年(ネ)1835号 判決

控訴人 小林周平

被控訴人 王子信用金庫 外一名

主文

原判決中被控訴人王子信用金庫に関する部分を以下のとおり変更する。

被控訴人王子信用金庫は、控訴人に対し金九万円およびこれに対する昭和三四年九月二日からみぎ完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うべし。

被控訴人王子信用金庫に対する控訴人のその余の請求を棄却する。

被控訴人社団法人東京銀行協会に対する控訴は、これを棄却する。

訴訟費用のうち、控訴人と被控訴人王子信用金庫との間に生じたものは、第一、二審を通じてこれを二分し、その一を控訴人、その余を被控訴人王子信用金庫の各負担とし、被控訴人社団法人東京銀行協会に対する控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人らは、連帯して控訴人に対し金五五万円およびこれに対する昭和三四年九月二日からみぎ完済まで年五分の割合による金員を支払い、且つ、原判決別紙記載の謝罪広告を、六号活字をもつて、毎日新聞、朝日新聞および読売新聞の各紙上に三回以上掲載せよ。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、

控訴人代理人において、

「(一) 原判決事実摘示のなかの請求原因につき、(1) 第九項の『転付命令の正本を示して』(記録三九丁表一行目)の摘示に代えて、『転付命令の送達通知書を示して』と、(2) 第一五項の終りに、『同じ一〇日の日に遂に赤紙による不渡報告に掲載されてしまつた。』(記録四一丁表四行目)の摘示に代えて、『同じ一〇日の日に遂に控訴人の氏名が赤紙による不渡報告に掲載せられ、交換所加盟金融機関約一五〇〇店舗に配布されてしまつたのである。同報告は、その表示の如く、不渡の事実を右金融機関に通知し、その被表示者に対する警戒を為さしめんことを目的とするものであるところ、本件においては、前述差押および転付により手形債務に対する弁済となり、不渡の事実は、消滅したのであるから、同報告に対する掲載は、客観的事実に反した虚偽事実の掲載となる。かくして、同報告の配付により控訴人の信用(名誉)は、不法に失墜せしめられたのである。』と、

それぞれ訂正する。

(二) 原判決事実摘示のなかの請求原因第一〇項の『取扱要領』(記録三九丁表四行目)にいう『事故』(同六行目および九行目)とは、当該手形金の支払いがないことを意味する。

(三) 被控訴人ら代理人の当審での主張(後出(六))としての、控訴人に重大な過失がある、との点を否認する。

(四) 本訴は、第一次に被控訴人両名の不法行為を主張するものであるが、仮に右主張が認められないとしても、被控訴人王子信用金庫は、控訴人より本件手形金に相当する保証金を受領したことにより、右両者間には、「本件手形の不渡により控訴人が銀行取引停止処分を受けないように同被控訴人において手続をすること」を内容とする委任又は準委任契約が成立したのであつて、同被控訴人は誠実にその債務を履行しなかつたのであるから、債務不履行の責任があることを予備的に主張する。」

と述べ、

被控訴人ら代理人において、

「(五) 控訴人の主張する『取扱要領』にいう『事故』とは、手形金を支払うことのできない原因を意味するものである。

(六) 控訴人は、本件手形の不渡処分を防止する手段があつたにもかかわらず、その手段をとらなかつたのであるから、みぎ不渡処分を受けるについては、控訴人に重大な過失がある。

(七) 被控訴人王子信用金庫に債務不履行の責任があることを争う。」

と述べたほかは、原判決事実摘示(「合資会社黒川商店」とあるは、「合資会社黒川油店」の誤記と認める。)と同一であるから、ここにこれを引用する。

当事者双方の証拠の提出、援用および認否は、〈省略〉

と述べたほかは、原判決の摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

理由

一  控訴人は、その振り出した約束手形の支払を拒絶したことにもとずいて、銀行取引を停止(いわゆる不渡処分)されたところ、該処分に至る手続に関与した被控訴人らにおいて、控訴人に対する不法行為上の責任があり、別に被控訴人金庫においては、仮に不法行為上の責任が認められないとしても、控訴人との間の契約上の責任がある、と主張する。よつてまず、事実の経過を明らかにすると、つぎのとおりである(かつこ内に特に証拠を挙げて判示したほかの事実は、各当事者間に争いないところである。)。

(1)  控訴人は、満期を昭和三三年六月一七日、金額三一六、五六〇円、支払場所を被控訴人金庫板橋支店(以下単に「被控訴人金庫」と略記する。)とし、その他法定の要件を記載した約束手形一通を振り出した。

(2)  前項の手形の受取人によつてなされた第一裏書の被裏書人であり、かつ所持人である訴外合資会社黒川油店(以下単に「黒川油店」と略記する。)は、訴外株式会社埼玉銀行新宿支店(以下単に「埼玉銀行」と略記する)を通じて、満期にみぎの手形を支払場所において呈示したところ、控訴人は、その支払を拒絶した。そこで被控訴人金庫は、同年同月一八日に手形を埼玉銀行に返還した(以上の事実は、成立に争いのない甲第一号証、原審証人小林昭次の証言および弁論の全趣旨により、これを認める。)。

(3)  みぎ手形の返戻を受けた埼玉銀行は、即日被控訴人協会の運営する東京手形交換所(以下単に「交換所」と略記する。)に不渡届を提出した。これに対し控訴人は、手形金同額の金三一六、五六〇円を保証金として被控訴人金庫に交付して、手形の不渡りによる取引停止処分がされないよう所要の手続をなすことを依頼した。その結果被控訴人金庫は、東京手形交換所規則(以下単に「交換規則」と略記する。)第二一条第三項の規定に従い、前同額の金員を交換所に提供して異議の申立をしたので、取引停止処分が猶予された。

(4)  さて、手形の所持人であつた黒川油店は、控訴人を相手方として手形金請求の訴を起し、昭和三三年一一月二七日に言渡のなされた第一審の仮執行宣言付の黒川油店勝訴の判決に対する控訴は、昭和三四年六月二九日に棄却された。この間に黒川油店は、みぎ事件の第一審判決による手形金三一六、五六〇円を請求する強制執行として、東京地方裁判所において、控訴人(債務者)がさきに本件手形の不渡届に対する異議申立のため被控訴人金庫(第三債務者)に交付した保証金について有する返還請求権金三一六、五六〇円を目的として昭和三三年一二月一七日付の債権差押命令を、ついで昭和三四年七月三日付の転付命令を得たので、同年同月九日午前中に黒川油店の訴訟代理人美村貞夫弁護士の事務所員高橋民二郎を被控訴人金庫に赴かせ、転付命令の送達証明書を窓口に掲示して転付債権の支払を請求した(黒川油店が債権差押命令を得たことについては、成立に争いのない甲第二号証及び原審証人井上俊雄の証言により、高橋民二郎が転付債権の請求に赴いたことについては、当審証人高橋民二郎ならびに原審および当審証人鈴木清の各証言によつて、各これを認める。但し、証人高橋民二郎の証言中の、同人が被控訴人金庫へ赴いた日時は、七月八日午後であつたと思う旨の供述部分は、みぎの日時の点に関する限り、成立に争いのない乙第三号証の裏面の日付の記載およびみぎ鈴木清の証言に照らして、これを採らない。)。

(5) 保証金の支払請求を受けた被控訴人金庫は、その顛末を電話で控訴人に連絡し、保証金の支払につき諒解を得たうえで、さきに同被控訴人が交換所に提供した異議申立提供金(被控訴人金庫は、控訴人から保証金として交付を受けた金員をこれに充てたことは、前出(3) 記載のとおりである。)につき当時受け取つていた預証及び同返還請求書(預証の裏面)を黒川油店代理人に交付し、黒川油店をして被控訴人金庫に代つて交換所から転付債権と同額の異議申立提供金の返還を受けさせることによつて、転付債権の支払に充てることとし、黒川油店代理人は、前同日午前中に交換所に赴いて、異議申立提供金の返還を求めた。ところで異議申立銀行が異議申立提供金の返還を請求できる場合については、交換所の「手形不渡届に対する異議申立事務等取扱要領」(以下単に「取扱要領」と略記する。)

(6) Bの定めによると、「(a) 事故解消し、不渡届銀行より『不渡処分取止め請求書』が提出された場合」(通常「1号事由」と呼ばれる。)、「(b) 別口不渡発生により取引停止処分に付された場合」、(c) 事故未解消のままではあるが、取引停止処分を受けるもやむを得ないものとして、提供金の返還を請求する場合」(通常「3号事由」と呼ばれる。)、「(d) 異議申立の日より満三年を経過した場合」の四事由が挙げられている。そうして、異議申立銀行が交換所へ提出する「異議申立提供金返還請求書」は、前判示の「預証」の裏面に大部分を不動文字で印刷したものを使用することが一般であり、返還を請求する銀行は、返還請求事由が前判示の「取扱要領」(6) Bに定める各号の場合のいずれに該当するかを、みぎ用紙中の「第〇号の理由により」の横書き文字の「第」と「号」との間の空白部分に算用数字をもつて記入して表示し、ほかに請求の年月日の数字と銀行名とを記戦し、押印することになつている。ところで、黒川油店が携行した被控訴人金庫名義の返還請求書には、被控訴人金庫の事務担当者鈴木清において前示返還請求事由を示す算用数字を記入しないで、該当個所の行間余白に単に「差押及転付命令」とのみ記載したものであつた。この請求書を受理した交換所の事務担当者井上俊雄は、差押および転付命令があつたとの事由は、取扱要領の前示四事由のいずれにも当らないと考え、直ちに被控訴人金庫の鈴木清に電話をもつて(このままでは返還に応じられない旨を伝えたところ、同人から第三号の事由による返還請求として処理されたい旨の返事を受けたので、井上俊雄は、被控訴人金庫の意を体し、便宜同金庫が記入した「差押及転付命令」の文字を抹消したうえ、第三号事由を示す数字の3を記入して、該返還請求書と引換えに異議申立提供金を還付したものである(異議申立提供金返還請求書の前記各記載については、成立に争いのない乙第三号証により、高橋民二郎、鈴木清および井上俊雄の各行動については、当審証人高橋民二郎、原審および当審における証人鈴木清および同井上俊雄の各証言により、それぞれこれを認める。)。

(6)  ところが同日午後四時頃に控訴人から被控訴人金庫に対して、「手形金の支払いが済んだのであるから、取引停止処分を受けないように手続をして貰いたい。」旨の電話があつて、これを受けた鈴木清は、交換所へ電話して、「本日午前中異議申立提供金の返還を受けた件については、不渡処分取止め請求書を埼玉銀行から提出させるから、返還請求事由を第三号によらないで、第一号として扱つて貰えないか。」との旨を申し入れたが、井上俊雄からは、「既に午前中打ち合せたとおり、第三号事由によるものとして、埼玉銀行へのその旨の通知、帳簿の記載、赤紙への掲載手続等の一切が済んでしまつているので、いま改めて第一号の事由によつたもののように変更することは、できない。しかし、不渡の事実が赤紙に掲載された後でも、明後一一日中に埼玉銀行から取消届が提出されれば、不渡処分にはならないから、取消届を提出させるよう交渉されたい。」旨の返事がなされた。よつて鈴木清は、直ちに埼玉銀行に電話し、「取消届」を提出して貰いたい旨を申し入れ、同銀行の承諾を得た(原審および当審における証人鈴木清および同井上俊雄の各証言を総合して、以上の事実を認定する。当審証人古藤誠亮の証言中、被控訴人金庫からの電話による依頼は、取消届でなくて、不渡処分取止め請求書を提出して欲しい趣旨であつた旨の供述部分は、これを採らない。)。

(7)  交換所は、前示取扱要領の注4に定める「事故未解決のまま異議申立提供金を返還した場合には、その旨不渡届出銀行に通知し、その翌日赤紙に掲載し、その旨を付記する。」旨の規定に従い、前記異議申立提供金を返還した当日の昭和三四年七月九日の夕刻印刷する翌一〇日付赤紙による不渡報告に控訴人に関する分をも掲載して、これを翌一〇日に加盟各金融機関に配付するとともに、みぎ一〇日朝埼玉銀行に対しては、別に文書をもつて、同銀行届出の不渡届に対する被控訴人金庫からの異議申立提供金を取扱要領第三号により返還した旨を、ならびに、同行から「取消届」がその翌日営業時限までに提出されない限り、控訴人が取引停止処分に付される旨を付記して通知した。ところが、交換所から埼玉銀行への通知と入れ違いに、同行から「不渡処分取止め請求書」が交換所に提出された。これに対して井上俊雄は、前日被控訴人金庫との電話連絡により同被控訴人の納得を得てあるので、埼玉銀行から「取消届」を提出すべきところを誤まつて不渡処分取止め請求書の提出がなされたものと思つて、「第三号により処理済」の旨記載の符箋をみぎ「取止め請求書」に付して返送したが、埼玉銀行からは、ついに「取消届」の提出がなされなかつたので、翌七月一一日の取消届提出期限の経過に伴ない、取引停止処分が確定して、その結果控訴人は、一応は三年間銀行取引をすることができないこととなつた。

(8) 以上によつて、控訴人に対する取引停止処分は、一応完結したのであるが、控訴人としては、さきに七月九日中に被控訴人金庫との間になした連絡(前示一(6) の冒頭に判示したところ)により取引停止処分にまで至らないものと信じていたので、以上の結末は、甚だ意外であつた。よつて、その善後策に奔走した結果、埼玉銀行から、交換規則第二四条の規定にもとずき、取引停止に至るまでの手続が同行の錯誤によるものとして、取引停止処分の取消の請求がなされ、この請求によつて、みぎ処分の一〇日後である昭和三四年七月二〇日に取引停止処分の取消が発表されたものである(この間取引停止処分に至らないであろうことを信じていた控訴人が取消を得るために奔走をしたことは、原審における証人小林昭次の証言および当審における控訴人本人尋問の結果によつて、これを認める。)。

二  以上に認定したところが本件における事実の経過の要旨である。さて、原審証人小林昭次の証言および当審における控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人は、大正年間から多年土木建築業に従事し、昭和二八年二月頃からは小林建設工業株式会社の取締役社長として、従業員二〇数名を擁する同社の事業を主宰する経済人であり、昭和三四年当時東京都民銀行池袋支店、東京信用金庫大山支店のほか被控訴人金庫と取引があり、東京信用金庫の総代に推されるほどの社会的地位を築いていたので、本件の銀行取引停止処分を受けた結果営業上の取引先からこれに関する照会を受け、その応接に腐心したことが認められる。前判示のように、本件の取引停止処分は、その後十日を経て取り消されたにせよ、その間に控訴人がその名誉、信用を害せられ、精神的にも苦痛を味わつたことは、これを推察するに十分である。よつて、項を改めて、この間に介在した被控訴人らの所為について、その責任の有無を探究する。

三 まず、控訴人が埼玉銀行のなした不渡届に対処すべく、「保証金」を被控訴人金庫に交付し、取引停止処分を受けることのないように手続することを依頼し、被控訴人金庫は、控訴人から交付を受けた金員を、交換規則に定める「異議申立提供金」として交換所に提供し、異議を申し立てた結果、控訴人のために取引停止処分の猶予を得たことは、一(3) に判示したとおりである。そして成立に争いのない乙第一号証所収の「交換規則」及び「取扱要領」の定めによると、交換所においては、不渡手形の返還を受けた銀行から不渡の届出があると取引停止処分のための手続を開始するが、その手形の返還をした銀行から現金を提供して異議申立をすると、停止処分を猶予し、また不渡届出をした銀行から取消届または不渡処分取止め請求書を出すと、停止処分をすることなくその手続を終了するのであるが、これらの場合みぎの不渡届、異議申立、取消届または取止め請求は、すべて交換所加盟銀行が交換所に対しなすべきもので、当該不渡手形の所持人または手形債務者が直接交換所に対してこれをすることは許さない建前であることが明らかであるから、このことに鑑みると、控訴人の被控訴人金庫に対する前記依頼の趣旨は、控訴人の振り出した本件手形の支払担当者である被控訴人金庫において、控訴人のために、みぎの規定に従い、不渡処分避止のための措置をとるべきことを包括的に依頼したものであり、被控訴人金庫がこの依頼に基ずき異議申立をしたことは、すなわちこの依頼の趣旨を承諾してなしたものに外ならないというべきである。控訴人と被控訴人金庫との間のこの法律関係は、民法上の委任であると解されるが、みぎ判示のような事務内容の性質からみても、被控訴人金庫が前記の通り交換所に異議の申立をして不渡処分の猶予を得たというだけでは、前示委任事務は終了しない。この猶予を可能な限り維持するとともに、一旦提供した異議申立提供金の返還を求める場合には、善良な管理者の注意義務をつくして一切の手続を進め、異議申立の正当であることが判明したときはもちろん、そうでないことが判明したときでも、手形債務の後日の消滅等手形義務者の信用が回復されたと認められるときは、手形義務者が不渡処分を受けることのないよう、事宜に応じた手段を講ずることも、委任の内容に属するものと解することが相当である。

本件において、控訴人が被控訴人金庫に交付した保証金について、控訴人が被控訴人金庫に対して有する返還請求権は、控訴人に対する債権者である黒川油店の得た債権差押および転付命令によつて、同商店に転付されたので、被控訴人金庫は、その支払に代えて、黒川油店をして被控訴人金庫に代つて交換所から異議申立提供金の返還を受けさせたことは、前出一(4) および(5) に判示した。かくして、控訴人の黒川油店に対する手形金債務が消滅したのであるが、被控訴人金庫が転付命令を受け、ないし支払いをなしたからとて、これによつて直ちに被控訴人金庫の控訴人に対する前判示の委任契約上の義務が消滅したものとは解せられない。よつて以下進んで、被控訴人金庫が交換所に対して為した異議申立提供金の返還請求の手続およびその後において控訴人が銀行取引停止処分を受けるに至つたまでの間において、被控訴人らの採つた措置の当否について判断する。

(1) 異議申立提供金の返還請求の手続の一般について。およそ手形が適法に呈示されたのにかかわらず、支払われなかつた場合において、手形の返還を受けた銀行は、支払義務者の信用に関しないものと認めたときを除いて、不渡りの旨を交換所に届け出で(前示乙第一号証所収の交換所規則第二一条第一項)、支払銀行の異議申立によつて猶予されない限り、交換所は、銀行取引停止の処分をすることとなつている(同条第二、三項)。そうして異議申立は、異議申立提供金を交換所へ提供してなすのであるが(同条第三項)、その提供金の返還手続の行なわれる前示一(5) に判示した四つの場合のうち、本件で問題になるのは、第一号事由と第三号事由との場合である。

まず、第一号証の規定は、前示乙第一号証所収の取扱要領(6) Aの規定に、「事故解消の際は、不渡届出銀行よりその事情を詳記した書類(理由書)を添付して、不渡処分取止め請求書を提出する。」と定められた場合を承けた規定である。ゆえにこの場合には、不渡処分手続は、異議申立に伴う不渡処分猶予の段階中に不渡届の撤回ともいうべき不渡処分取止め請求書が提出される効果として、その手続が終了し、もとより不渡処分は、行われない。この第一号事由を定める規定の文言のうえでは、「事故解消」と、「不渡処分取止め請求書」の提出との二要件の具備を要する立前である。しかし、当審証人水野伝治および当審証人鈴木清の証言によれば、「事故解消」の判断は、不渡届出銀行の判断に一任されている関係上、不渡届出銀行から不渡処分取止め請求書を提出してもらいさえすれば、真に事故が解消したか否かを論ずることなく、取引停止処分に至らないで、異議申立提供金の返還がなされるのが交換所における実際の取扱であることを認めることができる(要するに、「事故」とは、手形義務者の信用を疑うに足る手形の不渡りを、「事故解消」とは、かかる信用の回復を意味すると考えられるが、債務の弁済その他による消滅、当事者間における示談の成立等は、別段の事由のない限り、信用の回復の徴憑となすに足るであろう。しかし、かかる意味における信用の回復、債務の消滅の成否は、しばしば判断の困難を伴う場合の多いことが容易に察せられるので、前示取扱要領の定めと、これに従う手続慣行は、その判断を不渡届出銀行にまかせたものと思われる。事故解消したことが極めて明白な場合に、異議申立銀行にその旨を証明させて、異議申立提供金の返還を請求させ、交換所は、それに従つて返還をしてもよさそうであり、殊に不渡届出銀行が正当の理由もないのに、不渡処分取止め請求書を提出しない場合には殊に然りと一見思われるのであるが、取扱要領は、この後のような場合を予想しないのであり、すべての場合に劃一的に、不渡届の撤回とみらるべき「不渡処分取止め請求書」の提出を求めているものと解せられるのであつて、必ずしも不当の取扱いではない。)。

つぎに、異議申立提供金を前示第三号事由により返還を求める場合は、第一号事由による場合と異なつて、不渡届の撤回とみるべき「不渡処分取止め請求書」の提出がなく、従つて不渡届の効力が依然存続しておるのにかかわらず、取引停止処分猶予の条件を成す異議申立が、異議申立提供金の返還の結果、その効力を失うことになるので、この場合交換所は、不渡処分の手続を続行することになる。すなわち、交換所は、手形の不渡りを赤紙掲載によつて報告するための準備を進めることになり、赤紙掲載後は、不渡届出銀行が「その翌日営業時限までに取消届を提出」しないときは、取引停止処分がなされることになる(前示乙第一号証の取扱要領(6) B(c)および注(4) 。)。前示第三号事由について、みぎ取扱要領中には、「事故未解消のままではあるが、取引停止処分を受けるもやむを得ないものとして、提供金の返還を請求する場合」と記載されている。この場合、提供金の返還請求と同時に異議申立の撤回の意思表示をまでなすべき旨要請されていないけれども、異議申立は、異議申立提供金の提供がないと取引停止処分を猶予する効力がないとされていること前判示のとおりであるから、異議申立提供金の返還請求は、当然に異議申立の撤回を意味することとなる。従つて、「取引停止処分を受けるもやむを得ないものとして」という別段の意思表示がなされることは、返還請求の要件でなく、まして、その間の事情について、異議申立銀行から交換所に対する報告または交換所のこの点に関する調査の必要を見ない。また、「事故未解消のままではあるが」と記載されているが、この第三号事由による返還の場合でも、一定の期間内に不渡届出銀行から「取消届」が提出されると(取扱要領(6) B(c)注4、同要領(3) 終局取引停止処分に至らないのであるから、このことをも併せ考えると、「事故未解消のままではあるが」とか「取引停止処分を受けるもやむを得ない」の字句は、通常の場合を予想しただけのことであり、真実は「事故解消」しているにかかわらず、単に手続のうえで、未だ不渡届出銀行の「理由書」を付した「不渡処分取止め請求書」が提供金返還請求時までに提出されておらず、しかし、一定の期間内に取消届が提出されて、終局不渡処分に至らない場合も有り得るものと解すべきである。

(2) 被控訴人金庫が交換所に対し第一号事由によらないで、第三号事由によつて、異議申立提供金の返還を請求し、交換所もまたこれに応じたことの当否について。さて被控訴人金庫は、前出一(4) に判示したように、控訴人が被控訴人金庫に対して有する保証金返還請求権について差押および転付命令の送達を受け、その支払を命ぜられた。しかし被控訴人金庫は、控訴人から交付された保証金を、控訴人との間の委任契約上の義務の履行のために交換所に対し異議申立提供金として提供していたことも、前出一(3) に判示したとおりである。ゆえに、転付命令における第三債務者である被控訴人金庫としては、控訴人との間の前示委任契約が終了し、交換所から現実に異議申立提供金の返還を受けるまでは、債権者である黒川油店に対し転付債権の支払いを拒むことができたはずである(もつとも、前段(1) に判示したところによれば、被控訴人金庫は、対交換所のみの関係においては、いつでも異議申立提供金の返還を請求できる筋合であるが、みぎは、委任者である控訴人との間の契約の目的である不渡処分回避のためにする異議申立の支えとなつているので、転付債権者が被控訴人金庫に対する請求に先んじて、進んで自ら不渡処分取止め請求書を提出している場合など、控訴人をして不渡処分を受ける虞れを解消させておれば格別、そうでないとき、委任者である控訴人の要請ないし同意を得ないで、その一存で返還を請求したとすれば、委任契約上の義務に背くのではないかの疑いを生ずる。そうして転付債権は、転付命令の執行の前後において債務の同一性を保持するから、被控訴人金庫は、その支払の前提を成す異議申立提供金返還請求権の処分にまつわる拘束を転付債権者に対抗することができるのである。)。しかし被控訴人金庫は、一(5) に判示したように、転付債権の支払につき控訴人の承諾を得たので、交換所から異議申立提供金の返還を受け、これにより転付債権の支払に応じたものであるが、なおかつ控訴人のために、取引停止処分を回避することができるよう行動しなければならなかつたことは、前示の委任契約の内容からみて明らかである。ところで、原審および当審証人鈴木清の証言によれば、手形金の支払に関し当事者間に示談が成立し、手形義務者が自己に代つて手形債権者をして異議申立提供金の返還を受けさせ、これによつて手形金の任意の支払いがあつたこととする合意の成立したような場合には、異議申立提供金の返還を請求する事前に、または遅くとも同時に、不渡届出銀行から交換所へ不渡処分取止め請求書を提出させる例であることが認められる。ただ、本件においては、このような示談が成立していたわけではなく、むしろ債権者黒川油店は、やむなく手形金債権の強制執行として、異議申立のための保証金を入手しようとして、被控訴人金庫に転付債権の支払いを求めたのである。この場合においても被控訴人金庫は、控訴人との間における委任契約上の義務の拘束から自由でないことは、前示のとおりであるから、黒川油店をして被控訴人金庫に代つて異議申立提供金を受領させるに先んじて、埼玉銀行をして「不渡処分取止め請求書」を提出させるよう、すなわち前示第一号事由による返還請求の手続をとる余地があつたわけである。しかるに、被控訴人金庫は、この万全の方途に出ないで、第三号事由による手続をしたのであるが、この場合においても取引停止処分を回避する途がまだ残されていることは、前段(1) に判示のとおりであり、黒川油店から被控訴人金庫に対し転付債権である保証金の支払請求がなされたときに、被控訴人金庫から控訴人への電話照会があり、これに対して、前判示一(5) のとおり、控訴人が諒解を与えた際、交換所に対する手続について、第一号事由によるべきことを被控訴人金庫に対し特に指示したような形跡のあつたことは、これを認めるに足る証拠がないから、控訴人としては、交換所に対する返還請求を第一号事由によるか第三号事由によるかは、これを被控訴人金庫に一任していたものと認めるのが相当である。従つて被控訴人金庫が第一号事由によらないで、第三号事由によつて異議申立提供金の返還請求手続をしたことだけをもつて、直ちに契約上の義務に違背し、ないし違法の措置をしたものと解することは相当でない。

みぎのように、不渡届出銀行である埼玉銀行から不渡処分取止め請求書が提出されておらない段階において、すなわち、第一号事由による返還請求のできる要件が備わつていないときに、しかも異議申立銀行である被控訴人金庫から交換所に対し異議申立提供金の返還請求がなされ、すなわち第三号事由に該当する場合において、交換所としてはその返還請求の事由の如何を調査することなく、当該請求に応ずべきであることは、三の(1) に判示したところから明らかである。ただあるいは、当審証人井上俊雄および水野伝治の供述するように、第三号事由による返還請求は、極めてその例が少ないのであつて、本件の場合も、前判示のように、被控訴人金庫から埼玉銀行への交渉のいかんによつては、第一号事由により得る途が有り得ないではなかつたことを考えると、井上俊雄から鈴木清への電話照会に際して、交換所の立場から第三号事由による申出を撤回させて、改めて埼玉銀行からの書類を乞い受けたうえで、第一号事由による返還請求をなすべきよう示唆することも考えられないではないが、当審証人高橋民二郎の証言によつて認められるように既に債権者である黒川油店の代理人が被控訴人金庫から必要書類を受取つて交換所の窓口に出向いていることもあり、早急に債権の回収を望む債権者が容易に支払の遷延に同意する状況になかつたこと、転付命令の執行債権が手形金債権そのものであることが交換所に知れていたことを認めるに足る証拠もないこと、一(5) に判示したように返還請求者である被控訴人金庫の鈴木清が第三号事由によることに異存のない旨を明示したこと、第三号事由による場合にも、前示のように、取引停止処分を避け得る方策の存すること等を併せ考えれば、前記の如く黒川油店の請求により異議申立提供金が返還されるに至るまでの間に交換所のとつた措置についても、違法ないし不当と目すべき廉を発見することができない。以上の認定に反する控訴人の主張は理由がない。

なお、異議申立提供金の返還請求の手続をとるについては、たとえ不渡届の原因となつた手形債権が既に消滅している場合であつても、たとえば、本件におけるように、手形債権にもとずく強制執行として、手形債務者が第三者に対して有する金銭債権を目的として転付命令が発せられて、手形債権が法律上弁済されたものとみなされる場合であつても、不渡届出銀行から事故解消のゆえをもつて不渡処分取止め請求書の提出がなされたときに始めて前示第一号事由によることができ、そうでない限りは、第三号事由によるのほかなく、たとえば、前出の一(5) に判示したように、単に「差押及転付命令」があつたという理由による一種特別の返還事由の存し得ないことは、前示一(5) に説明した「取扱要領」の規定上明らかである。控訴人は、このような「差押及び転付命令」を事由とする被控訴人金庫からの異議申立提供金の返還請求は、交換所としてこれを却下すべきであつたと主張するが、前示一(5) で説明したように交換所の事務担当者井上俊雄は右のような事由では返還請求に応じられない旨をその請求を受けた後直ちに被控訴人金庫の事務担当者鈴木清に電話したところ、鈴木から第三号事由による返還請求として処理されたい旨の返事があつたので、井上は鈴木の意を体し爾后の手続を進めたのであるから、交換所が右返還請求を却下しなかつたことについては何等非難すべき点はないというべきである。

(3) 異議申立提供金返還后不渡処分までの間に被控訴人金庫の採つた措置の当否について。さて以上の経過を追つて、被控訴人金庫が第三号事由によつて異議申立提供金の返還を受けられるようにしたのであるから、その翌日に交換所発行の赤紙による不渡報告に控訴人による手形債務の不履行が掲載されることが必至であつたところ、その当日中に被控訴人金庫は、埼玉銀行への電話をもつて、「取消届」の提出を求めて、その承諾を得たこと、しかるに、埼玉銀行は、「不渡処分取止め請求書」を提出したに止まり、「取消届」を提出しなかつたことは、一(6) に判示したとおりである。

被控訴人金庫が異議申立提供金の返還を受けた(前示のように手形債権者が被控訴人金庫に代つて受領できるように措置した)当日中に埼玉銀行に取消届の提出方を電話によつて交渉したことは、処置として相当であるとしなければならない(もつとも被控訴人金庫の鈴木清は、当日午前中に異議申立提供金について第三号事由による返還請求の手続を済ましたことであるから、あえて更めて控訴人からの依頼電話を受けるまでもなく、直ちに埼玉銀行に対する交渉を開始すべきではなかつたかとも思われる。しかし、ともかくも当日中に交渉したことであるから、この間の遷延が爾後の手続に決定的であつたと見ることはできない。)。しかるに、被控訴人金庫は埼玉銀行が取消届を提出するであろうことを軽信した余り、爾後有効に取消届の提出をなし得る二日の期間を存したにかかわらず、当初取消届の提出を電話で依頼しただけで、文書(交換所加盟銀行間においては、郵便によるまでもなく、交換所に日々数回出張する各加盟銀行行員によつて文書を迅速に使送する便宜があることは、当審証人井上俊雄の証言によつて明らかである。)による要請をなし、ないしは、依頼のとおりの措置が行われたか否かを確める措置(十日付の赤紙に控訴人の不渡報告が掲載されたのであるから、同日中に交換所に対し埼玉銀行からの取消届の提出の有無を確かめ、さらに埼玉銀行に対し重ねて取消届の提出を促かす等)を採らなかつたことが原審及び当審証人鈴木清の証言から窺われる。そして、このような措置は、被控訴人金庫にとつていわば一挙手一投足の労によつてなしうることであるばかりでなく、前段三(2) に判示したように、異議申立提供金の返還請求につき第一号事由によることなく第三号事由によつた結果、そのまま推移するときは、控訴人に対する不渡処分の危険が存する事情にあつたのであるから、被控訴人金庫の事務担当者鈴木清としては爾後の手続の推移に十分の注意を払うべきであつたに拘らず、同人が前記の措置をとることなく漫然日時を経過したことは、被控訴人金庫と控訴人との間の前示委任契約に基ずき前者が善良な管理者の注意を以て受任事務、すなわち控訴人に対する不渡処分避止の措置をとるべき義務の履行を尽さなかつたものというべきである。このように被控訴人金庫は控訴人に対し前記委任契約上の債務不履行の責任を免れないけれども、その外に、控訴人に対し不法行為に基ずく責任がありとする控訴人の主張は肯認できない。けだし、前判示の如き本件の事実関係の下において、被控訴人金庫が委任契約上の債務の外に、控訴人のために不渡処分避止の措置をなすべき法律上の義務のあることを肯認すべき根拠はなく(被控訴人金庫が本件不渡手形の支払場所になつていたということから右のような一般的義務の存在を推論することはできない)、従つて、被控訴人金庫が控訴人のために不渡処分を避けるために十分な措置をとらなかつた結果、控訴人が不渡処分を受けたとしても、その間に民法第七〇九条の不法行為の成立を認める余地はないというべきである。

(4) 前同期間内に交換所の採つた措置の当否について、前示乙第一号証の交換規則第二一条第二項、事務取扱要領(1) 、(3) 、(6) A、(注3)、(注4)の定めによれば、不渡届が提出された後において、不渡届出銀行から「不渡処分取止め請求書」(事務扱要領(6) Aに定める。)または「取消の通知」(交換規則第二一条第二項、事務取扱要領(3) 但書に定める。)若しくは「取消届」(事務取扱要領(1) 、(3) 本文、(注4)のかつこ内に定める。)等の文書が提出される場合について定めている。これら各文書の提出の効力については、(イ)規則第二一条第二項に一般的に、不渡届のあつた後「取消の通知(様式17参照)なきときは、取引停止の処分を為す」べき旨を定め、なお(ロ)取扱要領(3) 但書に、「不渡届が提出された後、その届出時限までに取消の通知があつた場合」には不渡届を「取下げたものと看做」す旨を、(ハ)取扱要領(1) において、不渡届に対し「異議申立をする旨の連絡」があつたのみで、その後に現金の提供が行われなかつたときには、赤紙掲載の日の営業時限までに取消届の提出のないときは取引停止処分に附する旨、(ニ)取扱要領(3) において、異議申立のないままに赤紙掲載後、その翌日の営業時限までに取消届が提出されたときは次回の赤紙にその旨を附記する旨、(ホ)取扱要領(注4)において、異議申立提供金の第三号事由による返還の場合に、赤紙掲載の翌日営業時限までは取消届を提出できる旨を定め、更に(ヘ)取扱要領(6) Aに、「事故解消の際は(中略)不渡処分取止め請求書(様式19)を提出する。」旨を定めているのであるが、これらの場合のすべてを通じて、同じく取引停止処分を行わないという効果を生ずることに変りがないのであるから、取消の通知若しくは取消届または不渡処分取止め請求は、いずれも不渡届を取り下げる意思表示にほかならない。そうして、前示取扱要領(注4)によれば、前示(ホ)の場合に取消届の提出があつた際の措置についての明文を欠くが、この場合は、異議申立がなされながら、その提供金が返還された(従つて異議申立の効力がなくなる)わけであつて、不渡届に対処する異議申立がなされていない前示(ニ)の場合と同視されるから、取扱要領(3) を準用して、不渡報告の赤紙掲載の翌々日の赤紙に取消届のあつた旨(すなわち、取引停止処分の行われないことを意味する。)を記載すべきである。しかるに本件においては、一(7) に判示したように、交換所は異議申立提供金を返還した後取扱要領の定めるところに従つて赤紙による不渡報告への掲載及び配布、不渡届出銀行への通知等の処置をすませたところ、その后になつて埼玉銀行からは前示(ヘ)の場合の取止め請求書が提出されたけれども、前示(ホ)の場合の取消届の提出がなかつたために、交換所の事務担当者井上俊雄は取消届があつた旨の赤紙記載の手続をすることなく、遂に控訴人に対する取引停止処分がなされるに至つたものである。

控訴人は、交換所のなしたみぎの処置のうち、赤紙による不渡報告への掲載は客観的事実に反した虚偽の事実を掲載したものであり、これを配付することにより不法に控訴人の信用を失墜せしめたと主張するけれども、本件は、みぎに説明したように、一旦提供した異議申立提供金が第三号事由により返還された場合であるから、その翌日の赤紙による不渡報告にその旨を掲載し、これを配付することは交換規則及び取扱要領の規定上当然なすべき措置というべく、これを目して虚偽の事実を記載した不法の措置というのは当らない。控訴人の本件手形債務が前記の転付命令により弁済したものとみなされ、消滅に帰したことは、控訴人のいう通りであり、本件手形に関する限り控訴人の信用はこれにより回復されたというを妨げない筋合であるけれども、既に説明した通り、このような場合においてもさきに不渡届出をした銀行からその不渡届の撤回とみらるべき取消の通知または取消届ないし不渡処分取止め請求書の提出がない限り交換所は不渡処分のための手続を続行すべきことを交換規則及び取扱要領は定めておるのであつて、この定めに従つて交換所が前記の如く不渡報告への掲載等の処置をしたとしても、これを以て不法不当の措置ということは相当でない。

また、控訴人は、交換所としては不渡処分取止め請求書をそのまま受理するか、或はこれを訂正して不渡処分取消届として取扱う等便宜適当な措置を講じて控訴人が取引停止処分を受けることのないようにすべき業務上の義務を負担していたものであると主張するけれども、みぎに説明した通り交換規則及び取扱要領によれば、不渡処分取止め請求書を提出する場合、すなわち前示(ヘ)の場合と取消の通知ないし取消届を出す場合、すなわち前示(ロ)ないし(ホ)の場合とを厳に区別しており、また原審証人井上俊雄の証言によれば、交換所における実際の取扱においても両者を彼此流用するようなことはしない取扱慣行になつていることが窺えるのであつて、(控訴人は取止め請求書を取消届と訂正して処理する等実情に即した慣行が成立しているというけれども、これを認めるに足る証拠はない。)みぎのような交換規則及び取扱要領の規定ないし交換所における取扱が強行法規ないし公序良俗に反するものと認むべき根拠は発見できないからこれらの規定及び取扱慣行に従つて行動すべき事務担当者井上俊雄が控訴人主張のような便宜の措置を採らなかつたとしても、これを違法として非難することは相当でない。そればかりでなく、右担当者井上俊雄は、赤紙掲載後に提出された埼玉銀行の不渡処分取止め請求書を決して默殺したわけではなく「取扱要領第三号事由により処理済」の符箋を付して、赤紙掲載当日に埼玉銀行に返戻しているのみならず、これに先だち同日朝同銀行に対し文書を以つて、同銀行からの不渡届に対する被控訴人金庫からの異議申立提供金を第三号事由により返還した旨竝びに同銀行から取消届をその翌日の営業時限までに提出しない限り控訴人が取引停止処分に付される旨を通知したことは、前判示のとおりである。みぎは、第三号事由によるときは、取引停止処分の行わるべきこと、しかも不渡処分取止め請求書が返戻された以上は、そのことの必至であるべきこと、不渡届を撤回する意思をもつ限り、不渡処分取止め請求書に代えて、取消届を提出するの要あることを示唆したものである。してみれば、交換所加盟の埼玉銀行が交換所のなした示唆に無関心でない限り、不渡処分取止め請求と取消との区別を設けている現行の手続のもとにおいても、控訴人に対する取引停止処分を避け得たはずであり、このように交換所は、埼玉銀行の注意を喚起する手段に出で、取引上予想してよい同銀行の善処を信頼したのであるから、この間における交換所の措置について、故意または過失を肯定するに十分でないといわねばならない。これを要するに、交換所が前記の期間内に採つた措置については、民法第七〇九条の不法行為の成立を認めることはできない。

四  被控訴人金庫は、控訴人が不渡処分を受けたことについては、控訴人にも重大な過失があつた旨を主張する。控訴人は、自ら約束手形を振出しながら、満期にその支払いをしようとせず、手形所持人である黒川油店の訴に対する第一、二審を通じての抗争も終局理由のないことが明らかにされたにかかわらず、進んでその任意の履行をしないので、ついに黒川油店をして強制執行にまで及ばせたことは、前判示のとおりであつて、そのように債務の履行がおくれたこと、およびそのために埼玉銀行のなした不渡届が債務の弁済後にまで維持されたことが本件手形債務が消滅したに拘らず控訴人に対する不渡処分を招くに至つた原因をなしていることは、事実である。しかし、黒川油店は、終局において手形金を回収することを得て、「事故の解消」を見たものであり、また、不渡処分は、専ら銀行間の申合せと関与によつてのみ取り行われるところから、控訴人は、埼玉銀行が交換所に為した不渡届に対処するための手続の一切を被控訴人金庫に一任していたものであるところ、にもかかわらず不渡処分が行われたのは、控訴人の債務の履行がおくれたからという理由によるものではなく、黒川油店の強制執行の結果債務の弁済された後、すなわち、「事故の解消」後の措置に関して、専ら被控訴人金庫と埼玉銀行との間の連絡が十分でなかつたたためであることは、前示のとおりであつて、この間においては、控訴人の過失が累を及ぼしたことを認めるに足る証拠がない。従つて、前示の被控訴人金庫の債務不履行による損害賠償責任の有無または賠償額を認定するに当つて、控訴人の過失を斟酌すべきである旨の被控訴人金庫の主張は、失当である。

五 控訴人の本訴請求のうちで、被控訴人らの不法行為を主張する各請求は、前出三(3) (4) に説明したように理由がないけれども、被控訴人金庫の債務不履行にもとずく請求の理由あることは、前出三(3) にこれを肯定した。よつてさらに、控訴人の主張する損害について考える。その主張する財産上の損害のうち、自動車費用等の雑費金壱万円については、これを認めるに足る的確な証拠がないけれども、原審証人小林昭次の証言およびこれにより真正に成立したと認める甲第四号証によれば、控訴人は、本件銀行取引停止処分の取消を求めるため、関係方面への交渉方を弁護士に依頼して、報酬金四万円を支払つたことを認めることができ、みぎ金四万円は、本件の不渡処分がなかつたなら、当然にその支出を免かれるべき損害である。また前示の控訴人の職業、地位と、取引停止処分が取消されるまでの期間が十日間であること、その他上来判示の諸事情を併せ考えるとき、控訴人の名誉、信用を害したことによる精神上の苦痛の慰藉料は、金五万円をもつて足ると認めることが相当である。すなわち、被控訴人金庫は、その前示委任契約上の責任にもとずいて、控訴人に対し計金九万円およびこれに対する昭和三四年九月二日(その前日に本件訴状が被控訴人金庫に送達されたことは、記録上明らかである。)からみぎ完済まで法定利率年五分の割合による損害金を支払う義務がある。控訴人の被控訴人金庫に対する請求のうち、みぎ認定の限度を超える部分および被控訴人らに不法行為上の責任があることを前提とする各請求は、失当として棄却せざるを得ない。

以上に説明したところによつて、原判決のうち、控訴人の被控訴人社団法人東京銀行協会に対する請求のすべて、および被控訴人金庫に対する請求のうち、前段において肯定した範囲を出でる部分を棄却したのは相当であつて、これに対する控訴は理由がないが、被控訴人金庫に対する請求のうち、前段肯定の範囲の請求を棄却した部分についての控訴は理由があるので、すべて失当として棄却した原判決は、その限度で一部変更を免がれない。よつて、民事訴訟法第三八四条、第三八六条、第九五条、第九六条、第八九条、第九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岸上康夫 中西彦二郎 安岡満彦)

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